市場に合わせてやり方をどんどん変えていくということですね。
はい。自社技術を使うからこそできることです。
可塑剤原料の製造は、競争が厳しくなりすぎてやめたということでしょうか?
やめてしまいました。大きな企業が大規模に作ってくると、コスト競争でしかなくなってきます。そうなると、どうしても規模の経済に負けてしまう。いくら技術があっても太刀打ちできません。そうなった時は、さっさとやめて次に向かうのです。
1980年代、オムツのトップメーカーとも協力しながら、高吸水性樹脂の製造を開始しました。その経緯をお伺いできればと思います。
我々はすでに、高吸水性樹脂の原料であるアクリル酸を作っていました。アクリル酸は、塗料や粘着剤といったものにも広く使われます。ただ、それだけでなく、もっと高付加価値のものができないかという探索は続けていました。
高吸水性樹脂にアクリル酸を使う方法は1970年代ぐらいに、アメリカのどこかの研究機関が発見しました。日本でも既に、高吸水性樹脂の開発・生産に取り組んでいる企業がありました。
我々としては、もっと性能が良くなって、もっと安くできれば、もっと用途が広がる可能性があると考えました。それで、高吸水性樹脂について色々な製法や機能・性能の改良を進め、世界で一番大きなオムツメーカーとの契約に至ったのです。そこから、しつこいぐらいに改良を重ねていった。他の国内外のメーカーさんも紙オムツを作り始め、我々も規模を拡大しました。
近年、オムツ市場や高吸水性樹脂市場での競争が激化し、収益環境は厳しくなってきていますが、技術的、経済的には、まだまだ我々の競争力が高い。我々はアクリル酸から一貫して高吸水性樹脂を作っていますから。現在の世界シェアは約25%です。
次にどうするかを決断するにあたり、次なるイノベーションや新たなアイデアを求めることになるのでしょうか?
そうですね。単に規模だけを追求しても、なかなか利益率が上がってきません。我々の技術がいくら進んでいると言っても、後発の競合メーカーも、我々の10年くらい前の技術レベルに達し、それを生かして低価格帯を支配しにきます。そこそこ使用に耐える材料が安値で市場に入って来たら、そこで我々が互角に戦おうとしても得るものは少ないということです。
それで、よりプレミアムな製品の市場に参入しようとしています。有望な市場の一つは、生理用品や、若者向け、大人向けの介護用オムツなど、もう少し付加価値を高く認めてもらえる市場です。
それをボリュームゾーンの製品と並行し、うまく組み合わせてやっています。プレミアムな部分を増やしていくには、もっと違う機能をつけないと利用者になかなか受け入れられないということで、その辺の開発は今でも進めています。例えば水を吸うといっても大量に吸いさえすればいいわけではなく、速く吸い、吸ったら絶対戻らないといった市場の本当の要求にしっかり応えないとならない。そうしなければプレミアム市場のお客さんは掴めないわけですから、そこはしっかりやっていかなければなりません。
オムツの需要は3%から5%のペースで伸びてきています。我々の見立てでは、この2~3年で相当需給バランスがしまり、市況が上がりやすい環境に近づきつつあります。高吸水性樹脂は値段が相当下がってきたので、現在はどこの競合メーカーも新しく設備を作る意欲が落ちています。だから、新しい設備の発表が全く出てこないのです。
需要が伸びているというのは、開発途上国で紙オムツの使用率が高まっているということですか?
よく言われるのは、1人当たりGDPが3000ドルを超えると紙オムツが普及し始めるということです。人口動態や経済の変化を見ながら需要が出そうなところに見当をつけ、次の作戦を考えています。今の市況はだいぶ厳しいですから、ボリュームゾーンばかり追いかけるわけにいきません。戦略変更を考えています。
「イオネル」を開発しようという話は、どのような経緯で出てきたのでしょうか?
電池に使われる素材というのは、色々な形で結構前からやっています。リチウムイオンバッテリーが出てきて普及し始めたのは、まだそんなに昔ではありませんが、それ以前から電池の材料動向はずっと見ていたわけです。
そういった中、リチウムFSIというフッ素化合物が(リチウムイオンバッテリーの電解質として普及している)リチウムPF6よりも一層いい性能を持つのですが、なかなかうまく作れず世界中で技術の壁となっていました。そこに、我々の触媒技術を生かしてうまく作れないかとチャレンジした無謀な男がいまして、それがたまたまうまくいった。従来の製法に比べ、収率が倍くらい違うのです。
そうしてリチウムFSI事業、イオネルを始めました。電池製造は日本のメーカーがぼやぼやしている間に中国やヨーロッパがどんどん始めています。それで、我々もそちらの市場に矛先を向け直し、日本で小規模に技術開発を始めています。次のステップとして中国やヨーロッパでの地産地消のような形を考えていて、単独か提携かも含め、そろそろ事業展開について決断しなくてはならない時期にいます。
とは言いながら、リチウムイオンバッテリーやイオネルの製品寿命も考えないといけないわけです。特に、バッテリーの世界はこれから全固体電池に移行するなど、どの時点でどのぐらいの変化が起こるかや、今まで以上に技術改良のスピードが速まるということは考えておかないといけない。イオネルもいつまで事業として成り立つのかを考えながら投資戦略を組み、パートナーをしっかり選びながら、かつスピーディーに進めていく。この辺は、今までの事業と進め方がちょっと違いますね。なんとか頑張ろうということでやっています。