「ポストESG」の企業経営とコミュニケーション | Brunswick

「ポストESG」の企業経営とコミュニケーション

 ※ 以下は、経済広報センターが発行する月刊『経済広報』20227月号への寄稿を、転載したものである。

 

はじめに

 ESG(環境・社会・企業統治)は、企業経営や金融市場の重要テーマとして定着した。地球規模で環境・社会問題が深刻化する下で、企業や投資家にも、サステナブルな社会を目指すSDGs(持続可能な開発目標)への行動が求められる。ESGは、SDGsという目標を達成するための手段としても位置付けられ、経済活動に伴って生じる外部不経済を企業経営・投資活動の中に取り込み、是正していく役割を果たす。

 一方で、体制整備や情報開示の要請は増加の一途をたどっており、「ESG疲れ」に陥る企業も見られる。能動的にESGを活用して、ステークホルダーとの間で信頼関係を構築し、企業価値を高めていくためにはどうすればよいか、改めて問い直してみたい。

 

ESG経営の測定・可視化と「ポストESG」

 ESG経営を実践する上でまず重要なのは、測定と可視化である。ESGの中で最初に「G」が注目された理由として、優れたガバナンスが全ての基盤になることに加えて、社外取締役の数やROEなど、指標が分かりやすい点が挙げられる。「E」についても、二酸化炭素排出量など、数値で測定しやすく、かつ科学的根拠を示すことができる。

 これに対して、「S」は、サプライチェーンの人権問題、従業員エンゲージメントなどの多様な要素を含み、数値での測定になじみ難かった。現在検討が進んでいる非財務的価値 ――特に人的資本――の開示強化は、企業で働く人の価値を可視化しようとする試みである。これにより、人的投資の拡大を起点として、長期的な競争力が高まる好循環を実現していくことが期待される。

 さらに、企業がより主体的に、自社の事業が社会や環境に与えるインパクトを測定して開示する「インパクト・メジャーメント」が、「ポストESG」として注目され始めている。自社の商品・サービスの世の中へのインパクトに加えて、サプライチェーンにおいてどれだけ環境・人権に配慮しているかなども、測定の対象になり得る。「売り手よし」「買い手よし」に加えて、「世間よし」を客観的に測定できるようになれば、日本企業が重視してきた「三方よし」の考え方や地道な社会貢献の取り組みに、国際的な視点でも、新しい光を当てることができるであろう。日本企業は、出来上がったルールを遵守するだけでなく、特にこうした現在進行形で発展する分野では、ルール・メーキング自体により積極的に関与していくことが望まれる。

 

国内外で複雑性を増すマルチステークホルダー・エンゲージメント

 今日の企業経営は、ビジネスと社会・政治・金融の各領域が複雑に絡み合う下で、自社を取り巻く様々なステークホルダー(顧客、取引先、従業員、投資家、政府、メディア、NGOなど)とどのように対話しエンゲージしていくか、という課題に直面している。デジタル化の進展やSNSの普及によりコミュニケーションの在り方は激変し、地政学リスクの高まりは、サプライチェーンをはじめグローバルな事業活動に大きな影響を及ぼしている。特に海外市場では、政治・社会問題への「ノーコメント」が、責任ある企業経営の観点から評判リスクを著しく高めるケースも増加している。やるべきことをやっているのに、それが「見えない」ために正当な評価を受けられないのは、あまりにもったいない。

 刻一刻と外部環境が変化する下で、多様なステークホルダーとの対話やエンゲージメントを最適化し続けていくためには、受け身で具体策(how)に取り組むだけでなく、自社の存在意義や価値観を確立し、全てのステークホルダーが理解できる形で明確に打ち出していく必要がある。そのためには、「なぜ(why)自社が社会に存在しているのか」というパーパスに立ち返った上で、ESGを組み込んで、企業文化を変革していかなければならない。

 また、特に投資家との対話においては、どのような投資家に自社の株主になってもらいたいかを明らかにした上で、企業が訴えたいストーリーを構築して明確なコミュニケーションを行っていく、という能動的な取り組みが非常に重要である。

 

CEОによるコミットメントの重要性

 受け身の対応に追われてESGが自己目的化し、聞こえの良いストーリーを語るだけになると、表面的な活動が偽善と見られ、企業の評判をかえって傷つける恐れがある。世界的に、こうした見せ掛けだけで実態のない「ESGウォッシュ」が大きな問題となっている。日本企業は「見えない」ことを批判されることが多いが、「見えるだけでやらない」ということも、当然ながら許されない。

 企業の経営トップであるCEOは、ESGに関するストーリーの構築からステークホルダーとのコミュニケーション、実際の事業遂行まで、強いコミットメントを示して一貫して関与し続ける必要がある。その意味で、CEOは、社内外・国内外から「見えてかつ動く」存在であるべきである。CEOは、自らの言葉で全てのステークホルダーに語り掛け、それに対する批判も自ら受け止めなければならない。

 

終わりに

 今日の企業経営では、長期的に、多様なステークホルダーに対する価値を最大化していくことが求められるが、それにより、株主の利益を犠牲にすることが正当化されるわけではない。社会へのインパクトと利益の獲得を両立しつつ、その成果を社内外・国内外全てのステークホルダーに明確に示していく、という難易度の高い対応が求められている。

 まさに、日本資本主義の父といわれる渋沢栄一の『論語と算盤』は、「か」の関係ではなく「と」の関係である。「『と』の力」で一見相矛盾する両者を両立させることにより、単純な現在の延長線上にある未来ではなく、新しい価値が創造されESG・SDGsも実現するより良い未来をつくっていけるはずである。