海外市場における認識ギャップとルール・メイキング ~多様な人材を巻き込んで、競争優位を勝ち取る~ | Brunswick

海外市場における認識ギャップとルール・メイキング ~多様な人材を巻き込んで、競争優位を勝ち取る~

※ 以下は、経済広報センターが発行する月刊『経済広報』20234月号への寄稿を、転載したものである。

 

はじめに

 多くの日本企業は、国内市場の縮小を見越して、海外市場に生き残り・成長への活路を見いだしており、業界をまたいで、売り上げ・利益、従業員数、株主構成と、あらゆる点で海外比率が高まっている。

 これまで日本企業は、M&Aなどを活用して海外進出を進めてきたが、今後の海外市場における持続的な成長に向けて、二段階の本質的な課題を提起したい。第一に、大多数に共通する課題として、日本本社と海外拠点で無意識のうちに生じる認識ギャップを把握し、これを埋めていくこと。第二に、日本を代表する先進企業にも見られるが、海外市場で競争優位を勝ち取るために、グローバルリーダーという視座からルール・メイキングを仕掛ける大胆な発想を取り入れ、多様なステークホルダーを巻き込むことである。

 

海外市場での認識ギャップ

 今日の企業経営では、自社を取り巻く社会・政治・金融の各領域がビジネスと複雑に絡み合い、目配りすべきステークホルダーが拡大するとともに、SNSやテクノロジーの進展により様々な情報が飛躍的なスピードで拡散・伝播する。さらに海外市場では、社会・文化的な背景、企業活動に関与するステークホルダーの種類・数、彼らの持つ期待値などが多様化・複雑化する。この下で、360度全方位のステークホルダーを巻き込んでいくためには、国内と海外市場における期待値のズレを認識する必要がある。

 まず一般的に、日本では企業に対する信頼度が高い一方、海外では逆の傾向が見られる。日本では、企業は社会課題に関する積極的な発言を控え、自社の事業を通じて顧客ニーズに応えることに集中することが良しとされてきた。Z世代のサステナビリティへの関心の高まりなど変化の兆しも見られるが、グローバルに活動する多国籍企業と比べると、こうした傾向は引き続き顕著である。

 これに対して、海外市場では自社の理念・活動についてしっかりと現地のステークホルダーに伝えない限り、適切な評価を得ることはできない。黙っていては理解・信頼されない、という「企業性悪説」を前提に、より意識的・戦略的に情報発信を行う必要がある。

 

「日米グローバル企業の経営トップに対する意識調査」

 202211月にブランズウィック・グループと経団連が共同で公表した意識調査(注)では、M&Aと社会課題への対応を切り口として、日米トップ企業約20社の経営層に個別インタビューを行い、両者の認識の共通点と相違点を分析した。この結果、社会・文化的な背景が異なる海外のステークホルダーを巻き込む際に、「一見すると共通認識があるように見えて実際にはズレが生じる」、という興味深い事実が判明した。

 インタビューの中では、日米経営層の双方が、5つのキーワードが重要であるとして、これらのキーワードを用いて発言する場面が多く見られた。しかし、次表の通り、両者では、それぞれの言葉のニュアンスや意味にズレがあることが確認された。

(注)報告書の全文は、両者のウェブサイトより入手可能。

 

テーマ

日本

米国

文化

企業文化は所与の守るべきもの。新たな参画者に対して、既存の文化への適応を求める。

企業文化をより流動的なものと捉える。新旧全ての従業員が参画して、より良い企業文化を生み出すべき。

信頼

信頼は共通価値の共有に基づく。従業員による自社の価値観や文化への理解度を重視。

専門性や経験に基づく、従業員個人のスキル・能力を重視。

ダイバーシティ

ルール遵守の問題として、ジェンダー(女性の登用)を中心に、ダイバーシティを狭く捉える。

人種・宗教など、ダイバーシティをより広く捉え、競争優位を勝ち取るための経営課題と認識。

ステークホルダー・エンゲージメント

受動的なアプローチが中心。顧客や取引先など、事業に直接関与する社外のステークホルダーを重視。

より能動的なアプローチを採り、従業員を含む社内外の全方位のステークホルダーと対話。

社会課題へ取り組む理由

社会貢献性は企業理念に内包されているので、わざわざアピールしない。ルールの遵守に実直に取り組む。

従業員エンゲージメントの観点も含めて、社会課題の解決に向けて積極的に行動・発信してリーダーシップを発揮。

 

 日米の認識間に優劣があるわけではなく、より労働市場の流動性が高い米国の方が企業文化も流動的であり、従業員目線をより意識せざるを得ない、といった置かれた環境の違いによるものと考えるべきであろう。しかし、こうした認識ギャップの存在が、日本企業のコミュニケーションにも連鎖的にギャップを生じさせており、受け手(米国側)に日本企業の良さや貢献が思うように伝わらない結果につながっていたことは直視する必要がある。この調査は日米企業に限定したものであるが、他の海外市場にも同様なギャップが存在する可能性を示唆する。 

 また、こうした認識ギャップは、国内と海外市場をまたいだ危機対応の際にも、しばしば顕在化する。日本本社の問題意識は社外のステークホルダー対応にあっても、それ以前に、日本本社と海外拠点との間で認識の共通化や社内コミュニケーションに苦戦して、結果として傷口を広げてしまうケースも見られる。平時から海外拠点の従業員を重要なステークホルダーと捉え、日本本社と海外拠点が同じ方向を向くための従業員エンゲージメントや文化醸成の取り組みも重要である。

 

海外市場で競争優位を勝ち取るルール・メイキング

 さらに、海外市場で多国籍企業と伍していくためには、ルール・メイキングの発想が不可欠であり、その際にポイントとなるのが、多様な人材の巻き込みである。既存のルール内での市場戦略として技術力やコスト競争力を磨くだけでは、前提となるルールが変更されることで一気に競争力を失う「ちゃぶ台返し」のリスクが常に付きまとう。

 ルールを所与のものと捉えるのではなく、競争優位を獲得するための攻めのツール・手段と捉え、自社に適合した形で市場そのものの在り方を再定義していく、大胆な発想とアプローチが必要となる。ここでポイントとなるのは、具体的なルールの内容の提案にとどまるのではなく、より視座を上げて、そもそも特定のルールを必要とする「社会として解決すべき重要な課題・アジェンダ」を主体的に定義し、その価値観を広げるために、戦略的な情報発信も駆使して、多様なステークホルダー(現地政府、地域コミュニティー、顧客、取引先、従業員、投資家、メディア、NGOなど)を巻き込む意図的な仕掛けを作り上げることである。

 狭義のロビイングでは対象となるステークホルダーや具体的な課題が限定されるのに対して、上記のアプローチでは、優先ターゲットは誰か、そのターゲットに影響を与えるためにどの切り口からどのようなストーリーを描くか、最も効果的なタイミングとチャネルは何か、などを綿密に計画した上で、多面的なキャンペーンを展開することになる。

 グローバルに競争優位を獲得している多国籍企業では、業界のリーダーとしてのポジショニングを獲得・維持するためのツールとして、様々な局面で、このような戦略的なコミュニケーションをフルに活用している。

 

社内外の多様な人材が実行力を左右する

 戦略的なコミュニケーションにおいて重要なのは、海外の多様なステークホルダーから、「日本代表」ではなく「グローバルなリーダー企業」として認知されることである。これにより、巻き込むことができる支援者の規模が非連続にスケールアップする。日本で培った技術・伝統を海外で役立てる際にも、グローバルに業界の役割を再定義するリーダーだからこそ、自社の誇る技術を提供して当地の普遍的な社会課題の解決に取り組む、というポジショニングが求められる。

 さらに、海外市場では、日本政府や日本の業界団体、日本企業同士の連携は当然重要であるが、非日本の多様な人材の巻き込みがカギとなる。特に、日本人や日本語が話せたり日本に親近感を有する外国人に連携活動が偏重してしまうことで、期せずして「日本人村」が形成されてしまい、真に重要な非日本のステークホルダーに刺さらない情報発信に陥っていないか、再考する必要がある。このような事態に無意識の内に陥っていることに気付くためにも、社内における同質的ではない人材の確保も非常に重要となる。

 社会課題・アジェンダの設定やルール・メイキングを重視するアプローチは、経済産業省が後押ししている「ルール形成型の市場創出」とも通底する。こうした取り組みを海外市場でやり切ることは国内以上に極めて難易度が高く、情報収集・分析から非日本を含む多様なステークホルダーの巻き込みまで、「攻め」の戦略立案・遂行とそれを支える体制構築が求められることになる。